職務発明

職務発明制度の意義

日本発の職務発明制度の意義

ここ数年、特許法35条の改正、職務発明対価訴訟により企業の職務発明の報奨金制度に大きな変化が見られる。東芝では、複数の発明によって年3000万円を超える金員を得て、給与と合わせた年収が社長のそれを上回る技術者がいる、と毎日新聞(2006.1.12朝刊)は報じている。大企業で、社長以上の年収を得る社員が生まれたということは、明治以来初めて起きた歴史的出来事である。又、三菱電機では、2005年実績については現在調査中であるが、「支給最高額は3000万~4000万が予想されている」、と東洋経済(2006.10.7)は報じている。三菱化学では、共同発明者全員に対し、合計2億5000万円を支給した実績がある、と日経新聞(2004.2.28)は報じている。
どんな発明報奨金制度を設けているかは、今や、発明をしようとの意欲ある理工系学生にとっては、初任給の額以上に就職先企業を選択する際の重要事項となっている。
このような発明対価の高額化が果たして企業の利益を圧迫しないのか、という疑問があろう。筆者は、「職務発明の対価の支払いは、発明から超過利益が生まれたときのみ、発明者に支払えばよく、このルールを更に徹底すれば、企業はより大きな利益を得ることができる」と確信する。以下、その理由を論ずる。
唐突ではあるが、約10万年に及ぶ現代人類(ホモ・サピエンス)の歴史の中で、富がどのように位置付けられるかを考察することから、始めたい。

1 [富のルール]の変遷

「富のルール」の変遷を見ると、下記(イ)~(ニ)のとおり、現代人類は、3つの「富のルール」を経験している。

(イ)[富のルール不在の原始の時代]

 現代人類が初めて地球上に出現した時(紀元前10万年頃)から農業を発見した時(同数千年前)迄、現代人類は、野、山、川、海で動・植物を採取して生きていた。「原始の時代」に於いては、現代人類は、富という概念を知らず、富を蓄積することもなかった。即ち、この「原始の時代」には、富のルールそのものがなかった。

(ロ)[農業の時代の富のルール]

 その後、現代人類は、紀元前数千年頃、農業を発見した。そして、農産物が、富を具現するようになった。「農業の時代」の登場である。この「農業の時代」(紀元前約数千年から18世紀迄)の富のルールは、“農産物が富を具現する”というルールである。

(ハ)[工業の時代の富のルール]

 18世紀の産業革命により、英国で工業が生まれた。富を具現する対象物は、次第に、農産物から工業製品に移転し始めた。「工業の時代」の登場である。英国は、持てる工業力を背景に、7つの海の支配を可能とした軍事力と、地球上に広がる植民地から成る巨大なマーケットを手に入れた。米国の南北戦争で、工業をその産業の中心に置く北軍が、農業をその産業の中心に置く南軍に、1865年に勝利することにより、この「工業の時代」が確立した。人類史上、第1回目の富のルールの変更である。
 この「工業の時代」(18世紀~1990年代)の富のルールは、“工業製品が、農産物より、より有利に富を具現する”というルールである。先進国と呼ばれる工業国が、この「工業の時代の富のルール」によって、世界の富を支配し、多くの中進国、後進国と呼ばれる農業国が、この「工業の時代の富のルール」によって、富の配分の面で、不利益を蒙った。
 この約200年続いた「工業の時代」にも、変化が現れた。1970年代の石油ショックを切っ掛けとして、日本製の小型車が、米国市場で、ガソリン大食いの米国車を圧倒するようになった。「工業の時代」の覇者であった米国は、工業製品のチャンピオンである自動車で、日本に劣後したのである。

(ニ)[知的財産の時代の富のルール]

ここで、1980年代に米国が取った戦略は、日本製工業製品に対抗するために、日本製工業製品より競争力のある米国製工業製品を生産することではなかった。それは、富のルールを、従来の「工業製品優位の富のルール」から「知的財産優位の富のルール」に強引に変更することであった。知的財産の富のルールとは、知的財産という衣で纏められた製品又はサービスが、単なる製品、サービスより、より有利に富を創造する、即ち、通常利益を超える「超過利益」を生み出すというルールである。
このような一方的な富のルールの変更は、世界の軍事力を支配し、且つ米国市場という巨大マーケットを有している世界の覇者・米国のみが、良くなし得ることであって、およそ、日本のなし得る技ではない。
この知的財産の時代の富のルールは、1980年代に米国で生まれ、若干遅れて、1990年代後半から2000年初頭に掛けて、世界のマーケットにまで及び始めた。人類史上、第2回目の富のルールの変更である。
ルールの変更で、日本人は過去何度も苦い経験をした。
 余談だが、スポーツの世界でも、98年の長野冬季五輪でジャンプの船木選手が金メダルを取った後、欧米各国が主導権をもつ国際スキー連盟は、スキー板は身長に比例した長さを用いなければならないようにルールを変更した。スキージャンプとは、2枚のスキー板の底の長くかつ広い面積が作り出す浮力を利用して空中を滑空して飛距離を競う競技である。スキー板の長短は、飛距離の大小に直結する。新ルールの下で、船木選手は、勝てなくなった。
こういった理不尽なルール変更は、筆者の知る限り、スポーツだけでも、7例ある。

2 「知的財産の時代」に、「工業時代」の経営を行うことによる営業利益率の低迷

「知的財産の時代」になって、富をより有利に具現する対象が工業製品から知的財産にシフトしたことは、日本人の抗いようのない事実である。
この富のルールが、「工業の時代」の富のルールから「知的財産の時代」の富のルールに変わったことは、下記の大手電機メーカー各社の財務諸表から得られる営業利益率(即ち、営業利益率÷売上高)・1~5%と日亜化学の営業利益率・46~52%とを比較対照すれば、容易に知ることができる。

出典:会社四季報2004, 2005年2集春季号(東洋経済新報社)単位:百万円
shikiho2004

出典:日亜化学営業報告書  単位:百万円
nichia

又、2005.1.20付日経新聞朝刊によれば、株式時価総額(2004年12月末)は、工業の時代のチャンピオンであった自動車メーカーでみると、GM・204億ドル、フォード・246億ドルである。他方、2005.6.25付日経新聞朝刊によれば、知的財産の時代のチャンピオン企業の一つである米国のグーグル社の株式時価総額は、2005.6.27時点で、844億ドルである。グーグル社は、創業者が、大学院生としてスタンフォード大学に在学中、技術を開発し、知的財産化したうえ、上場した会社である。創業者は、現在、30代前半でしかない。評価時点で、約6ヶ月の差異があるとはいえ、これらのデータから、米国に於いて、知的財産に経営の焦点を合わせた企業(グーグル)に富が集まり、知的財産に経営の焦点を合わせているとは言い難い「工業の時代」のチャンピオン企業(フォード・GM)から富が逃げ出していることが、明らかである。
次に、『「農業の時代」、「工業の時代」、「知的財産の時代」という3つの時代区分毎に、その時代の「富のルール」に適った富を生む方法が、何であるのか?』について考察してみよう。

3 各時代毎の富を生む方法

①「農業の時代」での「富を生む方法」は、土地と労働力の調達・利用である。人々が土地を農耕することによって生産される農産物が、富を具現化するからである。
②「工業の時代」での「富を生む方法」は、生産手段の確保と労働力の調達・利用である。生産手段(工場設備等)に対して労働力を注入することにより生産される工業製品が、富を具現化するからである。
 リスクを冒して、資金を用いて、生産手段と労働力を調達し、市場の需要に適った工業製品を生産、販売した者が、富を得ることができる。
③「知的財産の時代」での「富を生む方法」は、超過利益を生む知的財産を創り出すことである。知的財産は、最新鋭の研究設備に技術者を投入しただけでは自動的に得られない、やっかいなものである。人が発明をするからである。
 知的財産の時代に於いては、富は、知的財産とは無関係に、事業から得られる通常の利益と、知的財産と関係付けられて生まれる超過利益、即ち、知的財産によって得られる独占の利益とに二分される。そして、知的財産の時代の富のルールでは、超過利益の額が通常利益に比べて圧倒的に有利に大きくなる、ということである。そして、司法が知的財産を保護することによって、初めてそのルールの実現が実行可能となる。知的財産の時代の現在、日本及び米国の裁判所は、特許法等の知的財産法を厳格に適用し、知的財産を手厚く保護している。
 知的財産の時代の知的財産から生まれる超過利益と対比して、農業の時代に於いては、通常利益と区別された、知的財産から生まれる超過利益という概念は、一般的ではない。工業の時代に於いても、知的財産から生まれる、通常利益を超える超過利益という概念が、富の概念の中で果たす役割は低い。
 知的財産の時代に於いては、知的財産又は知的財産の衣を纏った製品が、単なる製品(即ち、知的財産の衣を纏わない製品又はサービス)の生む通常利益を超えた大きな超過利益を創り出す。

4 『富を創り出した者が富を得る』という普遍的なルール

農業の時代は、農産物を大量に生産した者が富を得た。広い土地を所有する者が、農民、農奴を用いて大量に農産物を生産することができる。富を得る者は、富(即ち、大量の農産物)を作り出した者(即ち、国王、地主)である。より抽象的に言えば、『富を作り出した者が富を得る』という当たり前のことが、農業の時代の富のルールである。
工業の時代は、リスクを冒して、大量の工業製品を生産する者が富を得る。資本家は、金(資本)でもって、生産手段を取得し、金(賃金)でもって、労働者、技術者、管理職を雇用して、大量の工業製品を生産する。富を得る者は、富を生む物(即ち、工業製品)を作り出した者(即ち、資本家)である。工業の時代の富のルールも、農業の時代と同じく、『富を作り出した者が富を得る』ということである。
『富を作り出した者が富を得る』という富のルールは、人類が富という概念を発見した時(紀元前数千年前)以来、農業の時代(紀元前数千年~18世紀)~工業の時代(19世紀~20世紀)の全てに亘って維持さえ続けた、『普遍的な富のルール』である。
知的財産の時代は、知的財産が超過利益という富を生む。そして、人(発明者)が超過利益を生む知的財産を創る。
従って、知的財産の時代も、この『富を作り出した者が富を得る』という『普遍的な富のルール』に従って、『超過利益を生む「富」(即ち、知的財産)を作り出した者(即ち、発明者、著作者、ブランドを創った会社など)が、少なくとも富(即ち、知的財産)が生んだ超過利益の一部の分配を後払いの方式で得るということ』が合理的である。

5 技術者の目の色を変えさせる仕組みが必要

「知的財産の時代」に突入している今日、大手電気メーカー・10社の中のトップのシャープですら、2004年3月期の営業利益率は5%でしかない。他方で、知的財産の衣で纏われた青色LEDのメーカー・日亜化学の営業利益率は40%を超えている。この事実が示すとおり、知的財産を十分利用することなく、資金を生産手段と労働力に投資することに頼って事業経営をしたのでは、「知的財産の時代」に適った大きな富、即ち、超過利益を得ることは不可能である。
企業が社内で富を生む知的財産を創造するには、技術者に富を生む発明をしようとの動機付けを与える必要がある。それには、技術者の目の色を変えさせるような仕組みが必要である。
発明者が得る発明の対価の大小は、発明に対する会社の評価を表している。富を生む発明をした発明者を会社が尊重し、発明による超過利益の一部を対価として発明を会社に譲渡するならば、技術者は自らの人生を賭けて会社からより高い評価を受けようと、富を生む発明をしようとするだろう。
ここで、超過利益とは、①「『発明にかかる製品が生んだ利益』から『通常利益』と『会社が発明を非独占的に使用できる権利の価値』をひいたもの」、②「会社がライセンシーから得たライセンス料」、③「会社が買主たる第三者から得た発明又は特許権の売却代金」、④「会社が特許侵害者から得た特許侵害の賠償金」である。
会社は発明で生まれた超過利益が発生した後、その一部を発明者に支払う後払い方式にすればよい。この場合、超過利益が生まれなければ、発明対価を支払わなくてよいので、発明の対価が企業経営にとってリスクにはならない。「職務発明に対する多額の対価支払いが経営を圧迫する」というのは誤解にすぎない。経営者は「コスト」から「ノーリスクの投資」への発想の転換が必要である。
「事業の損失を分担しないサラリーマン(発明者)に利益の一部を分配するなんてとんでもない」という批判がある。しかし、特許法により、職務発明は、使用者ではなく発明者に帰属している。発明者は、無償で職務発明を会社に譲渡しているのであるから、発明に係わる事業の核心部分に、実質的に見れば、発明に対する権利を「現物出資」する形で、投資しているのである。しかも、従業員発明者に分配されるのは、通常利益とは別の、超過利益の一部でしかないことに注意されたい。

6 日本発ルールで21世紀をリード

「現在の日本の国家、社会の基本的な仕組み・要素が、何であるか」を考えてみよう。
①民主主義、②選挙、③国会、④裁判所、⑤三権分立、⑥文民統治(シビリアン・コントロール。非軍人である内閣総理大臣による自衛隊のコントロール)、⑦資本主義、⑧株式会社、⑨証券取引所、⑩特許制度、⑪租税法律主義、⑫言論の自由、⑬報道の自由、⑭法の下の平等、⑮独占禁止の理念(独禁法)、⑯インサイダー取引禁止(証取法)、⑰コンプライアンスのルール等々が挙げられよう。これらの制度・ルールは、現在の日本の国家・社会・産業の中に重要な仕組みとして、組み込まれている。
しかしながら、これらの仕組みは、いずれも、明治維新以前、即ち、奈良時代~江戸時代迄の日本には、無かったものである。すべて欧米発であり、日本には、明治維新後に輸入された。
それでは、日本の枠組みの方が優れているかもしれない、と米国、欧州が警戒心を持つような日本発の枠組みが果たしてあったであろうかと考えるに、筆者にはおよそ思い当たるものがない。
筆者が中村修二氏の代理人となった青色発光ダイオード(LED)の発明対価をめぐる訴訟で、中村氏に200億円の支払いを命じた2004年1月の東京地裁判決(三村量一裁判長)は世界中で広く報道された。
その直後、ある米国知財弁護士は、「米国では、社員は入社時の契約で発明の譲渡対価の請求権を放棄させられるため、従業員発明者は法的には発明の譲渡対価を得ることはできない。発明者に超過利益の一部を分配する日本方式が技術者を勇気づけ、次々と大型発明が生まれ、日本に後れをとるのではないかと危惧している」と筆者に語った。他の米国知財弁護士も、「アメリカでは従業員発明者は冷遇されている。発明が成功したら、その成果は、全て会社が取得する。従業員発明者は、その成果の分配には一切与えられない。発明者に発明の成果の一部を分配するという日本のやり方が、日本の発明者に勇気を与え、富を生む発明が日本から続々と生まれるのではないか。結果的に、米国の産業が日本の産業に劣後するのではないか、と危惧している」と筆者に語った。
ただ、筆者は、米国では、転職が当たり前の社会であること、ベンチャー企業に就職してストックオプションを取得できることなど、富を生む発明をすることによって、技術者が金銭的成功を得る道が開かれていることを付言したい。米国では、野心と才能ある人材の一部が技術の分野に流れている。50代前半で、その個人資産を零円から10兆円超に積み上げたビル・ゲイツ氏は技術者である。30代前半のグーグル創業者の一人も、スタンフォード大の大学院生の時に、グーグルの検索技術を開発した技術者である。
いずれ日本も、労働市場が流動化するであろうし、ベンチャー企業で働く人材も増加してこよう。そうなれば、日本は、労働市場の流動化とベンチャー企業の一般化に加えて、職務発明制度があるわけであるから、ますます日本の技術者は勇気がわき、日本から富を生む発明が生まれることが期待できよう。
冒頭で述べたとおり、日本の企業は、今後さらに徹底すべきだとは言え、知的財産が生み出した超過利益の一部を従業員発明者に分配するというルールを、すでに実行し始めている。
更に、2006年10月17日、最高裁判所(日立事件)は、発明からの超過利益を12億円弱と認定したうえ、その20%(2億3500万円)を2名の共同発明者によってなされた発明の譲渡対価と認め、発明全体の70%の貢献度を有する共同発明者・米澤博士に対し、米澤博士分の発明の対価・1億6500万円を認定した、東京高裁判決を維持した。日立裁判の発明から生まれる超過利益の額・12億円弱は、知的財産の時代の発明の生む超過利益の額としては、甚だ物足りないものである。日本の技術者は、日立事件の最高裁判所が認めた2億3500万円の発明の対価の額が少ないと嘆く必要は全くない。技術者は、12億円と言わず、100億円超、1000億円超の超過利益を生む発明をすればよいだけのことである。そうすれば、企業は、100億円超、1000億円超の超過利益の相当部分を取得でき、技術者もその一部を発明の譲渡対価として取得しうるのである。この日立最高裁判例のルールの下で、技術者は、大きな超過利益を生む発明をしさえすれば、十分なる発明の譲渡対価を得ることができるので、日立最高裁判決は、知的財産の時代の扉を開いた規範である。日立最高裁判例は、サラリーマン技術者が超過利益を生む発明をしようと、目の色を変えるに十分な規範を設けたのである。
人類史上2回目の富のルールの転換期である知的財産時代到来の号砲が鳴ったばかりの21世紀初頭に、日本は、国の産業の盛衰にかかわる日本発の独創的な枠組みをつくり出し、すでにその第一歩を踏み出した。このようなことは、日本の長い歴史の中でかつて無かったことと言えよう。
筆者は、知的財産の時代に、日本が発明によって得た超過利益の一部を従業員発明者へ分配するという日本発の枠組みによって成功し、他国がこの枠組みを後追いするようになってほしいと願っている。

7 残された2つの論点

①知的財産を創ることとリスクとの関係、②製品化、製品化のラインの改良、営業の貢献の2つの残された問題について論ずる。

① 知的財産を創ることとリスクとの関係

上記4(本書11頁)でも述べたとおり、農業の時代では、大量の農産物を作ることができる者(即ち、国王、地主)が富を得た。土地は、国主、地主に帰属し、その地位は、いずれも、世襲なので、損失が出た時に損失を負担するというリスクとは無関係に、世襲の国主、世襲の地主は、富を得ることができた。即ち、農業の時代は、富を得ることは、富を得る者(国、地主)が事業上のリスクを取ったか否かとは無関係である。
工業の時代では、競争市場の中で事業を営んでタイムリーに大量の工業製品をつくった者(資本家)が富を得た。資本家は、事業を営んで生産した工業製品がニーズに合わなければ、損を蒙る。利益と損失とは、裏腹の関係に立っている。工業の時代は、農業の時代と異なって、富の取得とリスクとは、裏腹の関係になる、という特徴がある。
ところが、知的財産の時代は、必ずしも、工業の時代のように富とリスクとは、不可分一体(裏腹)の関係にあるというわけではない。この点が、工業の時代と知的財産の時代とを分けるポイントである。けだし、超過利益を生む発明は、リスクを取らないサラリーマン技術者でも、発明し得るからである。例えば、中村修二教授は日亜化学の社員時代(約十数年前)にサラリーマンとしての地位を保証されながら超過利益(富)を生む青色LEDを発明した。ところが、メーカーがリスクを掛けて、巨額の資金を投入して最新鋭研究開発設備を設けたうえ、大量の研究者、技術者を投入しても、必ずしも、超過利益を生む知的財産が生まれてくるとは限らない。このことは、毎年4000億円前後の研究開発投資をしている大手電機メーカーの売上高・営業利益率が1~4%前後(2001~2005年)という低い数字に留まっているという現実が証明している。人が発明をするからである。
サラリーマン技術者は、共同事業者と異なって事業上のリスクをとっていないから、会社は、サラリーマン技術者に超過利益の一定割合を発明対価として支払うべきではない、という議論がある。しかしこの議論によっては、サラリーマンは、大きな超過利益を生む発明をしようとの動機付けを与えられない。サラリーマン技術者が事業上のリスクを取っていないことは、後払いの超過利益の配分割合を事業上のリスクを取った企業と事業上のリスクをとらなかったサラリーマン発明者との間で決定する際に、企業側のプラス要素、サラリーマン技術者側のマイナス要素として、考慮すれば足りる。
会社がリスクを掛けて巨額の資金を投入した最新鋭の研究開発設備を用意しても、人(富を生む知的財産を創り出した発明者)に対する配慮をしなければ、社内から超過利益を生む発明を創り出すことは困難である。
その人への配慮の中で、ポイントの一つが、『富、即ち、知的財産をつくった者(発明者)が、自ら発明した知的財産により生じた超過利益の一部を得ること』である。
超過利益を生む知的財産は、企業が知的財産を創造する意欲に燃えた技術者(人材)をその企業に吸引・維持し、更に技術者が超過利益を生む知的財産を発明するよう勇気付けることに成功して、初めて手に入れることができる。知的財産の時代は、企業は、金の力でリスクを掛けて巨大な最新鋭の研究設備を用意しても、それのみによっては、超過利益を生む知的財産を創り出すことができない。
知的財産の時代は、工業の時代と違って、富を得るために、「物」(又は「金」)がものを言う、というように簡単にはいかず、「人」が「ものを言う」という、やっかいな時代である。

② 製品化、製品ラインの改良、営業の貢献度の評価

「特許が利益を生むには、発明者だけでなく、製品化をした人や製造ラインを改良した人、営業マンの貢献も大きい。発明者の過度の優遇は新たな不公平感を生みかねない」との指摘がある。
企業が特許を自社実施し、自社の製品が超過利益を生むためには、発明者だけでなく、製品の実用化をする人、製造ラインを改良する人、営業マンの貢献が必要である。筆者は、発明者が発明した知的財産の生んだ超過利益の一部(・・)を発明者に分配すべきであると主張しているのである。企業は、知的財産の生んだ超過利益の残部を取得する。これに加え、企業は通常利益の全てを取得する。従って、企業は、その超過利益の残部及び通常利益をもって、知的財産が超過利益を生むために貢献した、製品の実用化をした人、製造ラインを改良した人、営業マンに十分報いることができる。
最後に、スズキ(自動車メーカー)の鈴木修会長の200億円中村判決についてのコメントを紹介したい。渋谷高弘著『特許は会社のものか』によれば、鈴木修会長は、「あれだけ利益を上げる発明なら、200億円なんて安いものだ。近く社内に(発明を奨励し、それに見合う報酬は惜しまないという)通達を出すつもりだ。具体的な算定式(の策定)などはこれからになるが、200億円に相当するぐらいの発明をぜひやってほしい。200億円というと巨額に見えるが、普通はそれによって上がる毎年の利益から一定比率を支払っていくことになり、一度に支払が生じるわけではない。そもそも(あんなすごい発明の報奨が)2万円なんてことがあっていいはずがない。(日亜化学工業の)あのケースは経営のハンドリングの問題だと思う。」と発言している。このコメントに解説は不要である。

以上
(弁護士 升永英俊)

自由と正義 Vol.58 No.9(2007年9月号)(日本弁護士連合会発行)
「法の支配とその実現の一例」
第一部 法の支配
第二部 職務発明制度
(PDF: 「法の支配とその実現の一例」

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